敷地内には胡椒の木が各所に植えられており、それの葉を揺らすそよ風が心地よい。
猫もこのありさまだ。
オーナーの息子もこの通り元気だ。
やんちゃな年ごろでいつもおかぁちゃんに追い掛け回されている。
現にこれを書いているときも机の下に潜り込んでおかぁちゃんから逃げているが、あえなく捕まった。
テントを張り二日振りのシャワーを浴びる。
あぁ、体がきれいになっていくこのカ・イ・カ・ン。
そして腹ごしらえに街に出る。
ミニバス乗り場に屋台のハンバーガー屋が出ていたのを2日前からずっと考えており、
自転車を漕ぎながら涎が口に充満するのを感じていた。
そしてようやくその屋台にたどり着いた。
やっている女性は変わっていたが、比較的値段も安く、ボリュームがあるのでうれしい。
ポテトとハンバーガー、ファンタオレンジを受け取り、木陰に座ってまずはファンタを飲む。
あぁ、旨い。幸せだ。
本当はビールでやりたかったが、この乾ききった体の状態で飲むと、酒に呑まれる気がしたので、
ファンタで妥協したのだが、意外や意外ファンタの爽快感はバカにできない。
さてハンバーガーを食べようとすると、
ふむ、案の定なにものかにじとーって見られている気配を感じる。
私もメガネに収まらぬ視界で、慎重に近寄ってくるオジサンを捉える。
1.5m位のところでいったんオジサンは止まり、最終確認をして私のそばへやってきた。
「ファンタの瓶をくれ」という。
ここでは瓶を返却するとR1.5くらい返ってくるからお金になるのだ。
お金を要求してこないその奥ゆかしさに嬉しくなったのと、オジサンと話したかったので
「いいよ」というと、オジサンは私を得たかのように安心して前に座った。
旅の話をしたり、オジサンの住んでいるところを聞いたり、Springbokの町の様子を聞いたりした。
でもアフリカーンスを主に話す彼とはあまりコミュニケーションはとれなかった。
ハンバーガを食べ終えポテトを食べ始める。
一人で食べるのも何なので、一緒に食べませんか?はい、どうぞ。
というが、オジサンは手を付けない。
むむ、なかなかやるな、このオジサン。
オジサンにはオジサンのルールや美学があるのかもしれない。
もう一度「はい、これ食べて」と勧めると話に熱中しながらもおもむろに手をポテトに伸ばし始めた。
「この町は安全だけど、マリファナやアルコールでイッちゃった人もいるから気を付けるんだよ」と忠告してくれた。
その間も周りの何某かが近寄ってくる気配を感じる。
それにオジサンも気付いており、
「危ないやつがいるから人を信じちゃいかんよ、いいね」急に勢いを増して力説し始めた。
興奮したオジサンはアフリカーンスに切り替わっておりすでに理解できなかったが。。。
なんだか険悪なムードになってきたことを察知する一方で、
「ん?待てよ何かがおかしい」と思っていた。
あとでゆっくり考えたら、オジサンの言っていることを信じて従うのであれば、オジサンの言うことを信じてはいけないことになる。
(だってオジサンも十分アヤシイからね)
そうなるとオジサンが人を信じちゃいかん、といったことを信じてはいけないからオジサンの話を信じてもいいことになる。
そうすると今度はまたオジサンの話を信じてはいけなくなって。。。
堂々巡りになる。もう書きながら頭がいっぱいだ。オジサンはすごい力を持っているな。
そんな状況の中、オジサンは一人の男を追い払った。
しかし、もう一人が相変わらず近寄ってきてとうとう、私ら二人の1メートル圏内に入った。
さぁ、オジサンがますます熱くなって追い払おうとする。
ミニバス乗り場のちょっとした見世物と化していたことだろう。
私ももう一人の男に「今はこの人と話しているし、あなたにあげられるものは何もないからあっちへ行ってくれない?」
というと、オジサン虎の威を借りる狐のごとく、「ほら、この人も言っているだろ!」と。
ポテトも食べ終わり、状況も過熱し始めたので、瓶をはじめのオジサンに渡してその場を去った。
その時のオジサンの他の男たちへの勝ち誇り方ときたら、まるで小学生が先生を味方につけたときのようで、見ていて恥ずかしかった。
人はどこまで堕ちられるのか。
私もお金がなく、教養もなかったら簡単にオジサンのようにミニバス乗り場で管を巻き、時折くるアジア人やヨーロッパ人を見つけて同じようなことをするだろう。
いや、お金が無くなるだけでそのようにふるまうかもしれない。
出発前に親父から餞別にもらったのが、坂口安吾の「堕落論」だった。
これは暗に私に「堕ちてきなさい」と言っているのだろう。
しかも「続・堕落論」もついているときた。
堕ちてからさらにまた堕ちる、堕落の二段堕ちだ。
我々日本人は堕ちねばならないと坂口は説く。
二次大戦後に書かれたものだが、日本はその後堕ちたのだろうか?
いいや、戦前の規律に代わる新たな規律がたくさん生み出され、他人の目というものに、おそらくはどの国民よりも縛られており、
一向に堕ちずに現在に至っているように思う。
「堕ちよ、生きよ」アフリカに来ると坂口の言うことが確かに納得できる。
人間の人性の本質を見つめなおさねばならない。
さらに坂口は「堕ちることは社会通念上好ましいことではないので、孤独になることを覚悟せねばならない」というようなことも言う。
ナミビアの砂漠あたりでひとりぼっちになった時に読んでみよう、と持ってきた谷川俊太郎の詩集「すてきなひとりぼっち」も、
人は孤独でひとりぼっち、でもそれが自然で当たり前なのだという。また、孤独であることを受け止めて、それを生き抜くのだとも。
このアフリカでしっかり堕落し、じっくり孤独を味わってこようと思う。
そしたらその先にある新たな世界に踏み込めるかもしれない。
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