いきもの じゃらん
2014年12月30日火曜日
2014年12月27日土曜日
リスクは共有しよう
アリにはSocial immunity(社会免疫とでもいうのか)というものが知られているそうです。
(アリだけに限らずシロアリやミツバチなど真社会性昆虫でも見られるようだ)
この記事で書かれているアリの社会免疫のシステムを以下に紹介します。
- ホモサピエンスがやる社会免疫システム(感染者隔離)とは対照的に感染者を腕を広げて巣内に迎え入れる。「おかえりー、あらあら、そんなに汚れて、、、」
- そして体に着いた感染野郎(この場合は菌類の胞子)をみんなで各個人が処理できるレベルで共有する。「さ、そのお汚れを少しちょうだい」
- その菌胞子を少量受け取ったアリは免疫力が活性化される。「ん~、、、ムンっ!」
- 最終的にそれがコロニー全体の免疫力アップにつながる「いやー、彼はいいワクチンを拾ってきたね」
*アリは同じ巣の仲間とは始終ボディタッチしまくってコミュニケーションを取っているので、体に着いた菌類を掃除してあげても違和感はない。
こんなことをやっているようだ。人間の個体レベルでの免疫機構と似ている部分もあり、さすがアリのコロニーが「超個体(superorganisms)」と呼ばれるだけのことはある。人間個体の免疫では白血球やT,B細胞という特殊な個体(細胞)が担っているが、アリの巣では特定のアリが感染野郎に対処している、というわけではなさそうだ。
ソース:Infectious Selflessness: How an Ant Colony Becomes a Social Immune System
2014年12月12日金曜日
2014年12月5日金曜日
手のつなぎ方
公示が終わり、町が心なしかにぎやかになった気がする。一部だけ、ほんの一部だけれども。
ちょっと気になった写真があったので。
いいオヤジがお互いがお互いをがんじがらめにして苦しんでいる図、ではない。いや実際、足の引っ張り合いのようなことをやっていることもあるけれど、これはきっと仲良くやろうね、というアピールなのだろう。
私はどうしてこんなに繋ぎにくそうな手のつなぎ方をするのだろう。と思ったわけで。
そう言えばASEANの会議でもこんな手のつなぎ方をしていたので流行なのかもしれない。
でもG8や欧州の会議ではこんな風な手のつなぎ方をしているところを見たことがないことを鑑みると、アジア特有の手のつなぎ方なのかもしれない。
この国際会議などで見られる手繋ぎは握手の活用であるとWiki様はおっしゃる。
- 国際的なイベントなどで、首脳陣など各国代表が数人で手を交差させて握手をする風景が見られる。この場合、カメラ目線となる(複数の政党の融合による新党結成時などでも見られる)。
では握手とはそもそもなんだろうか。
ことバンクから拾ってきた大辞林第三版の説明によれば、
挨拶として,また親愛の気持ちや喜びを共にする表現として行う。
とある。
握手は武器を持つべき利き手を相手に預ける所作であり、好意的な姿勢を示したいときや、和解の姿勢を見せるときに用いられる。つまり積極的に自分から利き手を出すことで、自分に攻撃の意思がないことを提示するものである。それに相手に接触するという物理的な接近が心理的な接近を産むのを助ける作用もある。
私はアフリカを旅している中で、挨拶のみならず、たくさんの人々と握手を交わしてきた。時にはチキンやサトウキビを食べたばかりで、べとつく手もあったけれど(ちょっとだけね、不快)、握手を交わすことで本当に自分の好意が伝わることを感じてきた。握手をしたら仲間になれる気さえした。
それだけ握手という行為は大きな力を持っている。
さて話をもどそう。どうして交差する手繋ぎが生まれたのか。普通に右手は右側にいる人と、左手は左側にいる人と手を結べばいいじゃないか。と思える。なぜ交差するのか。そこにはやはり心理的な距離感の接近があるのだろうと思う。交差して手を繋ぐと物理的に相手により近くなるうえ、手を伝って体に流れてくる相手の何か(もし気というものがあるのであればそういうものだろう)が描く軌跡は頭の辺りで一度ループを描いて逆側の手から出ていくような気がする。一方普通に繋ぐだけだと、頭を通らずに胸の辺りをすーっと突き抜けるだけで短い、気がする。人から受ける何かが体の中を少しでも長く走ればその分、距離も縮まりそうではないか。
そういう感覚が交差繋ぎを始めた人々の中にはあったのではないだろうか。
Wikiさまはこんなこともおっしゃっていた。
作家やアイドルなどの有名人と握手をするイベントがある。一般的に握手会と呼ばれ、参加者が一人ずつ握手をする。中には、憧れの人との握手後、しばらく手を洗わないというファンもいる。また、握手会の前に手のアルコール消毒を求める場合もある(インフルエンザの感染予防のためなど)
こういうことを書くからWikiさまのことが好きでたまらない。
インフルエンザの感染予防、で思ったのだが、そういう観点から握手には「一蓮托生」の側面が見えてくる。まぁまぁ同じ細菌を共有するんだから仲良くしましょう、というそんな意図が隠れているのではないか。
実際に人の手の表面には数億とも言われる菌類が付着している。それを交換する、または共有する行為が握手であり、それによって共同の意識が芽生えてくるのではないだろうか。つまり何か同じものを共有した時に生まれる仲間意識が芽生えると。
私は旅の途中、その土地々々で何を触ったかわからぬおじさんや子供たちと握手し、細菌を頂いてきた。それでまた手でご飯を食べるもんだから、完全に体内の共生菌も彼らと共有していたに違いない。だからこそ(チフスに罹りはしたが)元気に旅を終えることができたのだと思っている。
だからアイドルがファンと一体感を持ちたいのであれば、ぜひアルコール消毒なんかせずに、細菌共有してほしいものだが。いかが?
完成度80%の日本人
早、帰国して二週間以上が経つ。
長く日本から離れていると、逆カルチャーショックなるものが起こり得るのだから面白い。
人間てば、とことん環境に適応しようと頑張って、まったくけなげで愛らしい。
これだから人間はやめられない。
完成度80%というまだ日本の文化に慣れない状態では、日々どこに引っかかって生活しているのか紹介したい。
さて本題。私の名前が呼ばれて薬を受け取りに行くと、これがまた笑顔で丁寧に薬の飲み方や、症状の確認などをしてくれる。あんまり丁寧なので、こういうのっていいなぁ、って彼女の顔をじっと見ながら聞いていた。そこで80%日本人の私は少し感じてしまった。この人は話している時に目も合わせてくれないけれど、どれだけ私のことを心配してこんなに丁寧な説明をしているのだろうか?と。説明だけ聞いていれば、あんまりにも私のことを思ってくれている風だから(これが勘違いだと言われるの百も承知だが)、もっといろんなことを聞いてみようと質問すると、思いのほかそっけない。ふと頭によぎる。「日本人はマニュアルには誠実だが、マニュアルの範疇を越えると対処できない」どこかで目にした記事だ。
マニュアルは大事。規律も大事。でもそれよりももっと大事なものがある。いずれこのことを「堕落論」とかけて書きたい。
以上、ここ二週間で感じたことを徒然に書いてみた。いかが?
長く日本から離れていると、逆カルチャーショックなるものが起こり得るのだから面白い。
人間てば、とことん環境に適応しようと頑張って、まったくけなげで愛らしい。
これだから人間はやめられない。
完成度80%というまだ日本の文化に慣れない状態では、日々どこに引っかかって生活しているのか紹介したい。
1.人に近づきすぎてしまう
アフリカではどこでも人との距離が近かった。日本よりも人口密度が低いのにおかしなこってす。ATMに並ぶ時だって、ヒンバ族のお乳の突端が微妙に触れるか触れないか、そのせめぎ合いを楽しめるくらいに近かったし、買い物でレジに並ぶ時は前の人に5cmくらい接近しなければ自分の順番は永久に回ってこないだろう。だからいわゆるパーソナルエリアが旅をしている間に知らず知らずのうちに狭くなっていたに違いない。今日、レジに並んでいるとき、気が付いたら前の人の耳元に鼻息があたりそうになっていて危ない思いをした。2.洋服を毎日替えるのがもったいなく感じる。それでこっそりはやりのリサイクルと言ってもう一度着てしまう。
旅しているときはそもそも洗濯をするだけの水を手に入れるのは難しかったし、手洗いで洗濯するのが時間が惜しかった。そのため洋服を洗濯するのは三日に一回、長い時で一週間に一回くらいだった。キッチャナイと思われるかもしれないが、利用するトイレやその他諸々の施設がなかなかのレベルなので、綺麗な洋服でいるとそういうレベルのトイレを使うのにためらいが生じる。しかし自分自身がなかなかのレベルに達していると、そういうのも全く気にならくなるのである。3.やはり節約癖で、飲み物を買おうとすると驚くほど高いので、家まで我慢してしまう
向こうではジュースは500mlで60円くらい、紅茶も、コーヒーも一杯20円くらいで飲めた。日本でちょっと喉が渇いたからと買おうとすると高くてまだ手が出ない。4.信号を守らない
日本は本当にルールを良く守る国だと思う。交通ルール然り。先日駅から帰る途中、渡ろうとしていた信号が赤になってしまったので、いったん歩道で足を止めた。あの向こう車線の左からくる車が行ったら行こう、と手前車線を越えて中央線あたりで待っていたら、例の車が止まって、運転していたおば様ににらまれてしまった。「そんなところで止まってないで早く行け」と思って、ハッとした。私はずれてしまっている。そう日本は歩行者を優先する社会だった。歩行者が道路に出てくれば車は安全を期して止まるのは当然だ。アフリカでは車優先。横断歩道なんてほとんどないし、多くの場所では歩行者はスピードを全く緩めぬ車の隙間を縫って横断しなければならない。車は歩行者のためにスピードを緩めてくれると思ってはダメなのだ。歩行者も運転者もそれを認識しているので、歩行者は普通に走る車の横10cmのところで待ち、車もそれにでわざわざ止まったりはしない。それゆえ意外にスムースにことを運んでいる。5.顔をじっと見る、じっと聞く
先日薬局でのこと。その前に。薬局で働いているのって女性ばかりだなって感じた。15人くらい働いていて男性ゼロ。個人的には嬉しい空間だなぁ、って思ったが、少し異様に感じた。さて本題。私の名前が呼ばれて薬を受け取りに行くと、これがまた笑顔で丁寧に薬の飲み方や、症状の確認などをしてくれる。あんまり丁寧なので、こういうのっていいなぁ、って彼女の顔をじっと見ながら聞いていた。そこで80%日本人の私は少し感じてしまった。この人は話している時に目も合わせてくれないけれど、どれだけ私のことを心配してこんなに丁寧な説明をしているのだろうか?と。説明だけ聞いていれば、あんまりにも私のことを思ってくれている風だから(これが勘違いだと言われるの百も承知だが)、もっといろんなことを聞いてみようと質問すると、思いのほかそっけない。ふと頭によぎる。「日本人はマニュアルには誠実だが、マニュアルの範疇を越えると対処できない」どこかで目にした記事だ。
マニュアルは大事。規律も大事。でもそれよりももっと大事なものがある。いずれこのことを「堕落論」とかけて書きたい。
6.駐車場のゲートについていちいち考えてしまう
買い物を終えて帰るときに、駐車券を入れてゲートが開くと「ありがとうございました」と自動音声で言われることに、違和感を覚えてしまう。どうして機械の声でまで「ありがとう」を求めなければいけないのか。こんなんじゃ「ありがとう」の安売りじゃないか!でもこういう文化だから、初音ミクとか独り暮らしのご老人と戯れるロボットなどが発展したのかもしれない。7.表情に乏しいなぁ、と感じてしまう
これは帰国後成田ですぐに感じたこと。ターミナルで日本人の顔を見ていてもあまり表情に変化がない。どこか冷たい空気を感じてしまう。勿論話してみるとそんなことはないのだけれど、公の場での表情はポーカーフェースが基本だな、と感じる。これも表情ダダ漏れのアフリカにどっぷりつかっていたから感じてしまうことなのだろう。8.静かだなぁ、と感じる
昼も夜も日本の夜は静かだ。遠くの車や電車の音がいろんなBGMを引き連れてやってくるのが聞こえてくる。近隣住民は極めて静かに過ごしている。これだけ人が住んでいるところで、落ち葉の落ちる音が聞こえるってどんな奇跡だ!?9.体がコンパクトだ
特に女性。体の線が細い上に、本当に小柄で愛らしい。そしてかわいい文化を身に纏っているときた。これはかわいいもの好きにはたまらない天国だ。10.だれとでもチャンスがあれば話したくなってしまう
最後はやはりこれだ。アフリカにいるときにはだれでも彼でも話しかけて、話しかけられていたからそれが抜けない。一応気を付けているのだが、やっぱりうずうず。。。以上、ここ二週間で感じたことを徒然に書いてみた。いかが?
2014年11月19日水曜日
1119 ただいま日本
帰国してからまだ時差ボケがあるせいか、朝五時に目が覚めた。
頭がさえ始めてしまって二度寝ができなかったので、冷たい空気、暗い中、走り出した。
昨日日本に着いたのは日が沈んでからだったので、なんだかまだ実感がなかった。日本にいるという。
それが走りながら陸橋を渡るあたりで空が白み始めて、日本の街が露わになってきた。
直線や規則的なカーブであふれる日本の街。
おはよう、日本。そしてただいま。またよろしくね。
つい、すれ違う人すれ違う人に「おはようございます」と言ってしまう。
訝しがんで無視する人、訝しみながらも返してくれる人、普通に返してくれる人。
この時間、まだ通勤する人も疎らだ。僅かに見かける通勤者はどこか沈んだ顔を地面に向けて歩いている。
それを見ながら朝の苦手な私は思った。
日常の朝ってのは辛いんだよなぁ。わかる。もう少し寝ていたかった、といつも思っていたから。
私はまだ日常を模索中で、しかも街のものすべてが新鮮できっとまだ旅をしている顔だったろうと思う。
公園を通る。
「ラジオ体操集合場所」の看板。周りには石畳と芝生しかない。殺風景。
そういえば行く前からあったけど、一度もラジオ体操をやっているのを見たことないな。いつも夕方走っていたから。
こんな小さな看板で何もない場所に人は集まってくるのだろうか。ラジオ体操をするためだけに。まぁ夏休みの間だけだろう。
公園の木々はすっかり息をひそめ、常緑樹はどことなく暗く眠っているようだ。その中で、
銀杏の樹だけが鮮やかな黄色の葉を地面に落として明るかった。
公園を抜けて駅を越え、住宅街を海に向かって走る。
朝の散歩に出ている人がちらほら出てきた。
街路樹のユリノキのいくつかはすっかり葉を落とし、裸の樹が寒そうに並んでいる。
何か違和感。
ユリノキが落としたはずの落ち葉が地面に一枚も落ちていない。
そういえばアフリカでは常識だった道に散らばったゴミが見当たらない。
少し探すと、ぺしゃんこに踏みつぶされたたばこの吸い殻が一つ。
どなたがこんなにきれいな道路を維持しているんだ。その労に乾杯だ。
でも、落ち葉は少し残してもらえると秋をもう少し楽しめるのにな。
それに木々も寂しかろ。落としたそばから鑑賞もされずにとっとと片付けられてしまっては。
空いた空間にちょっとしたサッカーコート。
道路との間に植えられた桜の木は赤と黄色の葉を芝生に落としていた。
一瞬、湿った空気に桜の葉の香りを見つけた。
お、桜の香りが潜んでいるぞ。
匂いを探しに木の下を走るがもう見つけられなかった。
ヒメツルソバが街路樹の足元で逞しく花を咲かせている。
この時期もけなげに花を咲かせて、、、と思ったらニシキギのピンク、山茶花のピンク。
あら、ずいぶん咲いている。ピンクがずいぶん元気いい。
海に着くとランナーやウォーカーがたくさんいてにぎわっていた。東京湾を挟んで山が見える。丹沢のあたりだろうか。
残念ながら富士山は見られなかったが、何ともすがすがしい景色だった。
戻りの道すがら、無機質な団地の建物の一部が橙に染まる。
あの無機質な中に有機的な人々との生活があるのだから面白い。
スーダンやエジプトでは日の出から日の入りまで追っかけた太陽が、ここでも見られる。
十何階もある高い建物の間を抜けてきたオレンジの光が、私の走る道路を交差している。
やぁ、ありがたや、ありがたや、太陽や日本でもよろしくね。
そうして帰ってから白くて艶やかなごはんと、白い湯気を昇らせる味噌汁を食べた。
日本での生活の始まりだ。
頭がさえ始めてしまって二度寝ができなかったので、冷たい空気、暗い中、走り出した。
昨日日本に着いたのは日が沈んでからだったので、なんだかまだ実感がなかった。日本にいるという。
それが走りながら陸橋を渡るあたりで空が白み始めて、日本の街が露わになってきた。
直線や規則的なカーブであふれる日本の街。
おはよう、日本。そしてただいま。またよろしくね。
つい、すれ違う人すれ違う人に「おはようございます」と言ってしまう。
訝しがんで無視する人、訝しみながらも返してくれる人、普通に返してくれる人。
この時間、まだ通勤する人も疎らだ。僅かに見かける通勤者はどこか沈んだ顔を地面に向けて歩いている。
それを見ながら朝の苦手な私は思った。
日常の朝ってのは辛いんだよなぁ。わかる。もう少し寝ていたかった、といつも思っていたから。
私はまだ日常を模索中で、しかも街のものすべてが新鮮できっとまだ旅をしている顔だったろうと思う。
公園を通る。
「ラジオ体操集合場所」の看板。周りには石畳と芝生しかない。殺風景。
そういえば行く前からあったけど、一度もラジオ体操をやっているのを見たことないな。いつも夕方走っていたから。
こんな小さな看板で何もない場所に人は集まってくるのだろうか。ラジオ体操をするためだけに。まぁ夏休みの間だけだろう。
公園の木々はすっかり息をひそめ、常緑樹はどことなく暗く眠っているようだ。その中で、
銀杏の樹だけが鮮やかな黄色の葉を地面に落として明るかった。
公園を抜けて駅を越え、住宅街を海に向かって走る。
朝の散歩に出ている人がちらほら出てきた。
街路樹のユリノキのいくつかはすっかり葉を落とし、裸の樹が寒そうに並んでいる。
何か違和感。
ユリノキが落としたはずの落ち葉が地面に一枚も落ちていない。
そういえばアフリカでは常識だった道に散らばったゴミが見当たらない。
少し探すと、ぺしゃんこに踏みつぶされたたばこの吸い殻が一つ。
どなたがこんなにきれいな道路を維持しているんだ。その労に乾杯だ。
でも、落ち葉は少し残してもらえると秋をもう少し楽しめるのにな。
それに木々も寂しかろ。落としたそばから鑑賞もされずにとっとと片付けられてしまっては。
空いた空間にちょっとしたサッカーコート。
道路との間に植えられた桜の木は赤と黄色の葉を芝生に落としていた。
一瞬、湿った空気に桜の葉の香りを見つけた。
お、桜の香りが潜んでいるぞ。
匂いを探しに木の下を走るがもう見つけられなかった。
ヒメツルソバが街路樹の足元で逞しく花を咲かせている。
この時期もけなげに花を咲かせて、、、と思ったらニシキギのピンク、山茶花のピンク。
あら、ずいぶん咲いている。ピンクがずいぶん元気いい。
海に着くとランナーやウォーカーがたくさんいてにぎわっていた。東京湾を挟んで山が見える。丹沢のあたりだろうか。
残念ながら富士山は見られなかったが、何ともすがすがしい景色だった。
戻りの道すがら、無機質な団地の建物の一部が橙に染まる。
あの無機質な中に有機的な人々との生活があるのだから面白い。
スーダンやエジプトでは日の出から日の入りまで追っかけた太陽が、ここでも見られる。
十何階もある高い建物の間を抜けてきたオレンジの光が、私の走る道路を交差している。
やぁ、ありがたや、ありがたや、太陽や日本でもよろしくね。
そうして帰ってから白くて艶やかなごはんと、白い湯気を昇らせる味噌汁を食べた。
日本での生活の始まりだ。
場所:
日本, 検見川駅(千葉)
2014年11月18日火曜日
1118 ただいま帰りました!
日本に帰ってきました。
命を含め大事なものを失くさずに。
これから少しずつメモを起こしながら過去の記事もアップしていこうと思っています。途中で載せられなかった写真も。どうぞもうしばらくお付き合いください。
命を含め大事なものを失くさずに。
これから少しずつメモを起こしながら過去の記事もアップしていこうと思っています。途中で載せられなかった写真も。どうぞもうしばらくお付き合いください。
Y
場所:
日本, 千葉県成田市
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